個展開催までの カウントダウン 40日間 エピローグ②

個展開催までの カウントダウン 40日間

絵は観るだけが好きだった私が、個展を開催するまでの奮闘記

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エピローグ②

エピローグ②

 ~ キャプション ~ 


中村の8年前の教え子Aさん

個展2週間少し前にご連絡を頂き、

今回作品のキャプションと主に窓際の机のレイアウトを手がけてもらった。


 母親ほどの歳の差の私たちに気を使いながら

 その真摯な姿勢が健気だった


 レセプション当日は彼女の23歳のお誕生日

 喜んで事前にささやかなお誕生日プレゼントを買いに走った

 
 キャプションはやはり難しい

 私は絶対に書くまいと思っていたが

 今回の個展会場では

 熱心にキャプションをご覧になる方々も多く

 Aさんにお願いしてよかったと

 心から思った


 私の自宅と中村の実家をわざわざ訪ねてくれて

 絵の実物を観ながら

 長~いメモを書いていた

 
 それでも

 1回で作成したのではなく 

 大雑把な私と違って

 言葉にも感性鋭い今回の個展の総指揮者Mちゃんは

 Aさんの最初つくってきたキャプションにダメ出しし

 そのたびAさんはイヤな顔ひとつせず

 書き換えてくれた・・・


 できあがったキャプションがこちら

2007_0415少女オペラ小

《オペラ ~野外劇場~》

(作品番号6)


画家は多くの幻想的な雰囲気を持つ作品を残しているが、ここには舞台やその周囲に茂る草木が描かれ、よく見るとそれらの境界もあいまいだ。この画面にも、画家特有の不思議な趣がある。
舞台のような場所には1人の少女が居る。しかし、彼女は今まさに舞台に上がったのか、それとも舞台から降りようとしているのか、そのどちらなのかは判然としない。だが、あいまいに描かれた背景とは対照的に、少女だけははっきりと描かれている。画面左奥のドームのすぐそばに見える人物は、そんな少女を見守っているかのようだ。


 
201107聖母子小

《聖母子》

(作品番号13)


画面中央の女性は子を抱え、まっすぐにこちらを見つめている。抱えられた子は母に守られてか、安らかな表情で眠っている。表情からして、子は画家自身であろうか。
中央の女性は髪筋まで鮮明に描かれるのに対し、その両脇の2人の女性はほとんど色もなく、大まかな輪郭線のみで表現される。それらの女性の一方は両手を挙げており、もう一方は抱えている子を怯えたような目でじっと見つめている。まるで中央の女性の内面にある昂揚や不安を表しているかのようだ。



裸婦4体

《裸婦》
(左から)紙、板、板、板
(作品番号 25~28)


描かれたモデルは、皆同一の人物と思しい。ここに並べられた裸婦たちは皆、口元にはどこか余裕の込められたような笑みが見られ、その自信にあふれた眼差しを正面から受けると、むしろこちらがたじろいでしまいそうだ。体や顔の輪郭には青っぽい色で陰影が付けられ、美しさというよりは、どことなく妖艶であやしい趣をたたえている。



チラシ表画像小0107

《Déjà Vu ~デジャヴ》

(作品番号36)


画家はなんばに生まれ、なんばで育った。とはいえ、彼がまだ少年であった頃のなんばには多くの倉庫が立ち並び、廃ビルなども多く、そのような場所は恰好の遊び場であった。そこでのお気に入りの遊びは月光仮面ごっこであったという。しかし、彼が成長していくのと同じように、なんばの街並みも共にその姿を変えていった。
この画面では、中央には遠景の煙突よりも高い樹木が描かれていたり、画面右に見える建物の境界はあいまいになっていたりと、まるでいくつかのイメージが一枚の画面に貼り合わせられたかのようだ。恐らく、画家は自身の記憶の中にあるなんばのイメージをコラージュするかのようにして描いたのであろう。



角柱2④

《トランペットを吹く少年》
カンヴァス
(作品番号10)


幾何学的に分割されて彩色された背景には、まるでひっかいたかのような細い線や、色の重ねにより、決して派手な色調ではないのにも関わらず、にぎやかさが感じられる。
画面手前で、立ちながらトランペットを吹く男は恐らく画家自身であろう。どことなくトランペットの持ち方が不自然なのは、音楽好きではあるが、楽器をうまく演奏することができなかった自身の願望を投影したためか。
果たして2人で何を演奏しているのかは分からないが、画面には哀愁ただようメロディーがあふれている。



2007_0415WOMAN小

《WOMAN》

(作品番号 - 窓際左端テーブル)


画中の彼女は左肩を少しひねり、上半身をこちらに向けている。その眼はまるで私たちを挑発しているかのようだ。切れ長で美しい眼を持つこの人物はどこか中性的であり、画家によって洗練された理想的な姿として表現されている。
意外な事実かもしれないが、画家はファッション誌やテレビのファッションショーに対して多少の関心があったようである。ファッションも1つのアート作品としてとらえていたのだろうか。



2007_0415vaswani小



《ヴァスワニビル》
カンヴァス
(作品番号33)


ヴァスワニビルとは、大正9年(1920年)に鉄筋コンクリート造りで建築された旧・大阪織物同業組合事務所である。中央区本町橋に実在したが、残念ながら現在はその姿を見ることはできない。画家はこの作品と同様に、かつては大阪の街に実在しながらも、取り壊されてしまった建物を多く描いた。
この作品では、ビルが単体で暗い背景の中に描かれており、最初のデッサンに忠実にビルを描いたという訳ではなさそうである。だが、ただそこにあるだけとして描かれたビルからは、既に無くなってしまったことに対する画家の喪失感や、次々と消えていくビルへの哀悼の念が込められているかのようだ。



手品師

《手品師》
カンヴァス
(作品番号14)


黒いマントをはおった男と、赤いドレスを着た女が舞台のようなところに立つ。それはまるで芝居のワンシーンのようだ。無表情ともとれる彼らの表情から感情をくみ取ることは難しく、めいめいに何かを静かに見つめている。
どこであるのかがはっきりとしない、不思議な空間を描いた作品ではあるが、描かれている台車などのモチーフはとても細かく描きこまれており、恐らく実際に画家自身が目にしていたものが表現されているのであろう。



牧師と歌手

《劇場(牧師と女)》
カンヴァス
(作品番号15)


舞台のような場所に2人の人物が立つ。少女の横には黒い服を着た人物が片手を少女の方へ挙げており、何やら厳しい雰囲気も感じられる。しかしその表情は描かれていないため、そのポーズが何を意味しているのかは想像によるしかない。少女の表情も一度描かれた後、さらに上から絵具で塗り重ねられている。このため、少女の表情までもがあいまいなものとなってしまっている。
だが、よく分からないからこそ私たちはこの画面についてあらゆる想像をめぐらせ、この物語を何とか読み解こうとする。はっきりと語り尽くしてくれない画面は、私たちを試しているかのようだ。



少女と馬とガーベラ

《馬と少女とガーベラ》
カンヴァス
(作品番号20)


少女はこちらを向いてはいるが、その眼はうつろである。しかし彼女は私たちに何か物言いたげな視線を投げかけている。画面右下の路地のような場所には小さな人物が描かれるが、他のモチーフに比べてあまりに小さい。この人物は一体何者なのだろう。
少女はあまりに物寂しく描かれているが、馬は非常に躍動的に描かれている。暗い雰囲気を持つ画中には、相反する要素が込められているかのようだ。
画面からは、寂しさや倦怠、静かな怒り、それらを打破したいとするかのようなエネルギーが感じられる。


窓際机3②

中村佳文遺愛の品たち


「中村先生の机」と言われると、天高く積み上げられたプリントたちや、果たして何に使うのかよく分からない道具類、どこから持って来たのかさえ不明な廃材たちの姿が同時に思い出される。とにかくそこはあらゆる雑多なものたちを受け入れる場所であり、ふと気まぐれに片付けてはみても、すぐにプリントたちは山をなし、険しい山脈を形成していった。
ここには中村佳文が実際に使っていたもの、好きだったもの、大切にしていたものが並べられている。あらゆるものが一堂に会する様子は、まるで当時の先生の机の上のようだ。


以上、一気に読むのも大変な11点

いつも確認用に送られてくるメールの送信時間は朝の4時頃だった…

Aさん、ホントにありがとう

中村の「ありがとう」の声が今にも聞こえてきそうだった。。。


会期中も2回来場してくれた彼女は

1回目は背の高いステキな彼と一緒だった。

聞けばその彼も中村の教え子とのこと


花柄のワンピースを着てちょっと恥ずかしそうな彼女には

レイアウトやキャプションのことで熱く語っていた姿はなく

23歳の可愛らしい女の子だった












 


 
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